「朝見たら夕方」は今も正しい? ― 授精のタイミングを研究で見直す
COLUMN 06 | 授精の成功率
朝に発情を見つけたら夕方に、夕方なら翌朝に授精する。長く語り継がれてきたこの目安は、どこから来たのでしょうか。80年以上前の研究から、活動量計を使った最新の研究まで、授精のタイミングについて分かっていることを紹介します。
受胎率に影響する4つの要素
ウィスコンシン大学の Fricke 教授は、1回の授精で妊娠するかどうか(受胎率)に影響する要素を、次の4つの掛け算として説明しています[1]。
今回は、1つ目の「授精のタイミング」、つまり発情や排卵に対していつ授精したかを取り上げます。
なぜタイミングが大事なのか
Fricke 教授は、排卵は発情の最初の乗駕許容(スタンディング)から平均27.6時間後に起こるという研究(Walker ら 1996)[5]を紹介し、精子が卵管まで運ばれ受精できる状態になるには時間がかかるため、授精は排卵より前に行う必要があると説明しています。同教授の講演資料では、精子が生きていられる時間は24〜30時間、卵子は6〜12時間が目安とされ、早すぎると精子が、遅すぎると卵子が古くなって、どちらも受胎性が下がると整理されています[1]。
授精のタイミングの考え方(Fricke 教授の講演資料をもとに作図)
「朝見たら夕方」の起源とされる1943年の研究
「朝に発情を見つけたら夕方に、夕方に見つけたら翌朝に授精する」。いわゆる AM/PM ルールです。Fricke 教授は、その起源として、米国ネブラスカ州の Trimberger 氏と Davis 氏による1943年の研究を紹介しています[1]。
報告書の要旨によると、発情の中ごろから終わりにかけての授精で受胎率が高く、発情が終わって6時間ほどまでは良好、それより後はおおむね低かったとされています[6]。今とは乳量も飼い方も大きく違う時代の、小さな規模の研究です※1。
1日1回の授精でも、成績は変わらなかった
では、AM/PM ルールを守らないと受胎率は下がるのでしょうか。Fricke 教授は、これを比べた研究も紹介しています[1]。
| 研究 | 対象 | 指標※2 | AM/PM ルール | 1日1回の授精 |
|---|---|---|---|---|
| Nebel ら 1994[3] | 泌乳牛の初回授精 計7,240頭 | 75日ノンリターン率 | 60.6% | 60.1% |
| Gonzalez ら 1985[4] | 未経産牛 計261頭 | 受胎率 | 62.9% | 62.0% |
これらの結果から、Fricke 教授は「AM/PM ルールに厳密に従う必要はない」と述べ、目で発情を確かめた牛は12時間待たずにそのまま授精してもよい、としています。ただし、これは通常の精液での話で、性選別精液には当てはまらないかもしれないと注意を添えています[1]。
活動量計のアラートからは「13〜23時間」
首や脚に付けた活動量計が、発情にともなう動きの増加を知らせる。そのアラートから何時間後に授精するのがよいのでしょうか。
Santos 氏、Fricke 教授らの2025年の研究は、米国の2農場で活動量計を付けた泌乳牛10,927頭について、アラートから授精までの時間と受胎率の関係を調べた観察研究です[2]※3。使われた精液は、乳用種の性選別精液と、肉用種の通常精液(性選別していない精液)でした。
活動量計のアラートから授精までの時間と受胎率(Santos ら 2025、筆者作図)
アラートから2時間以内、または23時間を過ぎてからの授精は、15〜16時間後の授精より受胎率が低くなっていました。著者らは、アラートから13〜23時間後の授精で受胎率が最も高く、この時間帯は2つの精液で変わらなかったと結論づけています[2]。
性選別精液については、Fricke 教授が講演で、アラートから18〜20時間後と遅めの授精がよかったという2つの観察研究を紹介しています[1]。一方、Santos らは、研究によって結果が分かれているとしたうえで、自分たちの結果は「性選別精液では授精を遅らせる」という推奨を支持しないと述べています[2]。
Fricke 教授は、13〜23時間という幅を活かすには、授精する牛のリストを1日2回作る必要があると述べています[1]。
定時授精と、授精の時刻
ホルモン剤で排卵の時期をそろえる定時授精でも、授精の時刻が調べられています。同じ2025年の研究の一つは、ウィスコンシン州の6農場で経産のホルスタイン泌乳牛1,924頭をくじ引きのように2群に分けた試験(ランダム化試験)です。ダブルオブシンク(定時授精プログラムの一つ)の最後のGnRH(排卵を促すホルモン剤)注射から16時間後に授精した牛(46%)は、注射と同時に授精した牛(36%)より受胎率が高くなっていました[2]。
Fricke 教授は、注射と同時に授精するやり方は排卵に対して早すぎると説明する一方、オブシンクというプログラムでは、最後の注射から0〜24時間の授精で受胎率に差がなかった以前の研究(Pursley ら 1998)も紹介しています[1]。どのプログラムを使い、注射と授精をどの時刻に組むかは、獣医師と相談しながら決めていく事柄です。
この研究を読むときに
Santos らの研究のうち、定時授精の比較はランダム化試験ですが、活動量計の分析は観察研究です。著者ら自身も、活動量計の分析などで見られたのは「関連」であり、因果関係までは言えないと述べています[2]※5。
また Santos らは、排卵の時刻は牛によって大きくばらつくため、一つの授精時刻を勧めるのは難しいとも述べています[2]。授精の時刻は授精師の来る時間など作業の段取りで決まることも多く、その関係は、それぞれの農場の牛、機器、作業の流れの中で確かめていくことになります。
自分の農場では、どうだろう
受胎率が思わしくないとき、それがタイミングによるものか、精液や牛の状態、授精の技術によるものかは、記録だけでは分かりません。それでも、記録を分けて見ることで、話し合いの手がかりは得られるかもしれません。
- 発情を見て授精した牛と、定時授精の牛で、受胎率に違いはあるか(第2回で紹介した「授精方法別」の切り口)
- 発情を見つけた(アラートが出た)時刻と、実際に授精した時刻を、両方記録しているか
- リストを確認する回数や、授精師が来る時間帯は、アラートの出方と合っているか
数字で見えたことを手に、授精の段取りを、授精師や獣医師、農場スタッフと一緒に振り返る。そして、発情の牛を実際に観て、その様子を確かめながら考えることが重要です。
「朝見たら夕方」は、80年以上前の研究が起源とされる目安です。通常の精液なら1日1回の授精でも成績は変わらなかった、という研究があります。一方、活動量計のアラートや定時授精では、授精の時刻が受胎率に関わっていた、という研究もあります。
まとめ
- 通常の精液で目で発情を確かめた牛なら、AM/PM ルールに厳密に従わなくても成績は変わらなかった、という研究がある(Nebel ら 1994 ほか)
- 受胎率は「タイミング × 精液 × 牛 × 技術」の掛け算(Fricke 教授)
- 活動量計のアラートからは13〜23時間後の授精で受胎率が最も高かった(Santos ら 2025、観察研究)
- ダブルオブシンクでは、最後の注射から16時間後の授精が、同時授精より受胎率が高かった(Santos ら 2025、ランダム化試験)。0〜24時間で差がなかった以前の研究もある
- 研究の数字がそのまま当てはまるとは限らない。自分の農場の記録と牛で確かめることが重要
授精のタイミングは、受胎率に関わる要素のうち、作業の段取りで変えられる部分でもあります。記録で傾向を確かめ、現場で牛と段取りを観ながら考える。その積み重ねが、受胎率を見直すきっかけになるかもしれません。次回は、早く妊娠した牛は次も妊娠しやすいという「High Fertility Cycle」を取り上げます。
牛群の数だけ、現場があります。
データは出発点。大切なのは、現場で牛の声を聴くことです。
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- ※1 Trimberger 氏と Davis 氏の研究は、ネブラスカ大学の4品種の経産牛・未経産牛295頭を対象としたものです(報告書の要旨による)[6]。
- ※2 75日ノンリターン率は、授精後75日間に再授精されなかった割合です。再授精されなかった牛を妊娠とみなすため、受胎率より高めに出ます。数値はいずれも原典の要旨の値です。Gonzalez らの研究は発情をそろえる注射を使った未経産牛が対象で、1日1回の授精は朝8〜9時に行われました。どちらも1980〜90年代の研究で、今の牛にそのまま当てはまるかはわかりません。
- ※3 対象は米国テキサス州・アリゾナ州の2農場(2019〜2023年、1日3回搾乳)のホルスタイン927頭、ジャージー3,238頭、交雑種6,762頭で、つなぎ飼いや放牧の農場は含まれていません。13〜23時間は著者らが一つの区間として調べたもので、その中では時間による違いははっきりしませんでした。2農場では授精する牛のリストは毎朝1回作られ、授精はアラートから0〜40時間の幅にばらついていました。
- ※4 この研究では、どの牛にどちらの精液を使うかを無作為に決めていません。性選別精液は初産牛や初回授精に多く使われるなど、2つの精液を使った牛の産次や授精回数が違っていました。このため著者らは、2つの精液の受胎率は直接比べられないと述べています。
- ※5 この論文の著者のうち3名は米国の ST Genetics 社の社員で、論文には、同社が精子の性選別を専門とする会社であることと、外部からの研究資金はなかったことが記載されています[2]。
参考文献
- Fricke PM (2025). Effect of Timing of AI Relative to a Synchronized Ovulation or Increased Activity on Fertility in Lactating Dairy Cows(講演資料). ウィスコンシン大学. https://paulfricke.dysci.wisc.edu/wp-content/uploads/sites/173/2025/09/Timing-of-AI.pdf(Trimberger & Davis 1943、Nebel ら 1994、Gonzalez ら 1985、Walker ら 1996、Pursley ら 1998 を紹介)
- Santos VG, Carvalho PD, Souza AH, Priskas S, Castro JAL, Pereira AMF, Ross PJ, Moreno J, Wiltbank MC, Fricke PM (2025). Effect of timing of artificial insemination with conventional or sex-sorted semen on fertility of lactating dairy cows. J Dairy Sci 108:8945–8958. https://doi.org/10.3168/jds.2025-26428
- Nebel RL, Walker WL, McGilliard ML, Allen CH, Heckman GS (1994). Timing of artificial insemination of dairy cows: fixed time once daily versus morning and afternoon. J Dairy Sci 77:3185–3191. https://doi.org/10.3168/jds.S0022-0302(94)77261-1
- Gonzalez LV, Fuquay JW, Bearden HJ (1985). Insemination management for a one-injection prostaglandin F2α synchronization regimen. I. One daily insemination period versus use of the a.m./p.m. rule. Theriogenology 24:495–500. https://doi.org/10.1016/0093-691x(85)90056-1
- Walker WL, Nebel RL, McGilliard ML (1996). Time of ovulation relative to mounting activity in dairy cattle. J Dairy Sci 79:1555–1561. https://doi.org/10.3168/jds.S0022-0302(96)76517-7
- Trimberger GW, Davis HP (1943). Conception rate in dairy cattle by artificial insemination at various stages of estrus. Nebraska Agricultural Experiment Station Research Bulletin 129. ネブラスカ大学リポジトリの書誌・要旨:https://digitalcommons.unl.edu/ardhistrb/47


