乳房炎の牛は、妊娠しにくい? ― 乳質と繁殖のつながり
COLUMN 05 | 乳質と繁殖
乳質は乳質、繁殖は繁殖。ふだんは別々の表で見ている2つの数字ですが、牛の体の中ではつながっています。授精の前後に起きた乳房炎と、その授精の結果との関係を調べた米国の研究を手がかりに、乳質と繁殖を一緒に眺める視点を紹介します。
乳質と繁殖は、別々の話?
乳房炎や体細胞数は「乳質」の話、受胎率や妊娠率は「繁殖」の話。成績表も担当も別々で、2つを並べて見る機会は意外と多くありません。
しかし、海外では両者のつながりが以前から報告されてきました。ウィスコンシン大学の Fuenzalida 氏、Fricke 教授、Ruegg 教授らは、これまでの研究をまとめて、乳房炎が初回授精までの日数の延長、授精回数の増加、空胎日数の延長、妊娠ロスの増加、初回授精の受胎率の低下と関連すると報告されてきたことを紹介しています[1]。
同氏らはさらに、乳房炎が「いつ」起きたかによって、受胎への影響の大きさが違うことにも注目しました。ここでは、その研究の中身を少し詳しく見ていきます。
授精の前後35日間に注目した研究
- 研究者
- Fuenzalida、Fricke、Ruegg(ウィスコンシン大学)、2015年[1]
- 対象
- 米国ウィスコンシン州の大規模酪農場4戸、ホルスタイン 3,144頭
- 調べたこと
- 初回授精の前後に起きた乳房炎と、その初回授精で妊娠したかどうかの関係
- 乳房炎の分け方
- 臨床型:搾乳時に乳の異常が見つかったもの。重さ(軽度・中等度・重度)と、原因菌の検査結果も記録。
潜在性:乳検の体細胞数が15万/mLを超えたもの
同氏らは、先行研究をもとに「授精の3日前から32日後まで」の35日間を、乳房炎の影響を受けやすい期間(授精リスク期間)と定めました[1]。32日後は、多くの牛が最初の妊娠鑑定を受けるころにあたります。
なお、潜在性乳房炎の目安とされた「体細胞数15万/mL」は、第3回で紹介した北海道酪農検定検査協会の整数表示ではリニアスコア4(要注意牛の範囲)にあたる値です。
わかったこと① 授精の前後の乳房炎で、妊娠しにくくなる
健康な牛と比べた「妊娠のしやすさ」(オッズ比)は、次のとおりでした[1]。オッズ比は、1より小さいほど妊娠しにくいことを表します。受胎率の比そのものではない点に注意が必要です。
| 授精の前後の乳房炎 | 妊娠のオッズ比 | 関連 |
|---|---|---|
| 健康(リスク期間とその前に乳房炎なし) | 1(基準) | ― |
| リスク期間に潜在性乳房炎 | 0.75 | あり |
| リスク期間に臨床型乳房炎 | 0.67 | あり |
| 前から乳房炎があり、リスク期間に臨床型 | 0.56 | あり |
| リスク期間より前だけ乳房炎 | ― | はっきりした関連なし |
| 前から潜在性で、リスク期間も潜在性 | ― | はっきりした関連なし |
同氏らは、妊娠のオッズが潜在性で約25%、臨床型で約33%下がり、乳房炎をくり返した牛の臨床型ではほぼ半分になったと述べています。一方、リスク期間より前だけに乳房炎があった牛では、健康な牛とはっきりした差は見られませんでした[1]。「乳房炎になったかどうか」だけでなく「授精のどのくらい近くで起きたか」が関わっている、というのが同氏らの見方です。
わかったこと② 重いほど、そして菌が見つかったときほど
臨床型乳房炎を重さと原因菌で分けると、さらに違いが見えてきました。次の図は、論文の統計モデルが示した初回授精の受胎率の推定値です[1]。
リスク期間の臨床型乳房炎と、初回授精の受胎率(推定値)
重さによる違い
健康な牛と比べた妊娠のオッズは、軽度(乳の異常だけ)で0.71、中等度〜重度(乳房の腫れや、全身の症状を伴うもの)で0.54でした。同氏らは、症状が重くなるほど妊娠の確率が下がる「量と反応」の関係が見られたとしています[1]。
原因菌による違い
妊娠のオッズは、グラム陽性菌(レンサ球菌など)で0.59、グラム陰性菌(大腸菌など)で0.47でした。ただし同氏らは、この2つの差は統計的に区別できるほどではなかったと述べています。一方で、乳を培養しても菌が見つからなかった臨床型乳房炎では、受胎率の低下は見られませんでした。菌が見つかり、かつ中等度〜重度だった場合のオッズは0.41と、最も低くなりました[1]。
同氏らはこの結果から、原因菌の種類よりも、炎症(免疫の反応)の大きさのほうが重要ではないかと考察しています。菌が見つからなかった例では、牛の免疫がすばやく菌を抑え、強い炎症に至らなかった可能性がある、とも述べています。炎症のときに体内に出る物質が卵巣の働きに影響しうるという考え方も紹介していますが、そのしくみについては、さらに研究が必要だとしています[1]。
潜在性乳房炎は、どこから影響する?
体細胞数がどのくらいから受胎に響くのかについて、同氏らは別の研究(Hudson ら、2012年)を紹介しています。それによれば、潜在性乳房炎の受胎への影響は、体細胞数が39.9万/mLを超えるまでは小さかったとされています[1]。第3回で紹介した整数表示では、リニアスコア5(乳房炎の範囲)にあたります。
同氏らは全体として、潜在性乳房炎も繁殖成績に影響しうるが、その大きさは炎症が強くなるほど増すようだ、とまとめています[1]。
分娩後の早い時期が、ちょうど重なる
同氏らは、別の研究(Oliveira ら、2013年)をもとに、初めての臨床型乳房炎の約30%が分娩後60日以内、つまり多くの牛群で授精が始まる直前に起きていることを指摘しています。そのうえで、妊娠率を高めるには、乳房炎が初回授精の受胎に与えうる影響を認識し、この大事な時期の乳房炎の予防に力を入れることが大切だと述べています[1]。
分娩後の乳房の健康は、乳質の問題であると同時に、その後の繁殖の入り口の問題でもある。乳質と繁殖が、分娩後の同じ時期に重なっていることがわかります。
この研究を読むときに
この研究は、ウィスコンシン州の大規模な4つの牛群で、初回授精だけを対象に行われたものです。乳房炎と受胎率の「関連」を示したもので、乳房炎だけが受胎率を下げる理由だと言っているわけではありません。実際、同じ研究の中でも、初産牛より経産牛、涼しい季節より暑い季節(6〜8月)で受胎率が低く、授精の方法によっても違いがありました[1]。
同氏らも、乳房炎の影響の大きさは、牛群ごとに多い菌の種類などによって変わるだろうと述べています[1]。受胎率が低いときに考えられる背景はたくさんあり、乳房炎はその候補の一つです。どれが、どのくらい関わっているのかは、農場ごとに、そして時期ごとに違います。
現場で、2つの記録を並べてみる
この研究が教えてくれるのは、受胎率を見るときに、乳房の記録も同じ時間軸に並べてみるという視点です。たとえば、次のような問いが手がかりになります。
- 受胎しなかった牛のうち、授精の前後1か月ほどの間に乳房炎の記録がある牛はどのくらいいるか
- 受胎率が下がった時期(第2回・第4回で紹介した切り口やサイクル表で見つけた時期)と、乳房炎が多かった時期は重なっているか
- 授精の近くで乳検の体細胞数が高くなっていた牛は、どんな経過をたどったか
- 臨床型乳房炎の重さや、菌の検査結果は記録に残っているか
とはいえ、記録を並べてわかるのは「重なっているかどうか」までです。重なっていたとしても、それが原因なのか、同じ時期に起きた別の何か(分娩後の体調、暑さ、飼料の変化など)が両方に関わっているのかは、記録だけでは区別できません。乳質を見ている人と繁殖を見ている人が、同じ記録を前に話し合い、牛舎で牛を観ながら考えることが重要です。
乳房炎の記録は、重さや菌の検査結果まで残しておくと、あとで繁殖の記録と並べたときに読み取れることが増えるかもしれません。Fuenzalida 氏らも、臨床型乳房炎を原因菌と重さで分けて見ることが、初回授精の成功を見通すうえで重要だと結んでいます[1]。
まとめ
- 授精の3日前〜32日後に乳房炎があった牛は、初回授精で妊娠しにくかった(潜在性でオッズ0.75、臨床型で0.67、くり返した例で0.56)
- リスク期間より前だけの乳房炎では、はっきりした差は見られなかった。「いつ起きたか」が関わる
- 症状が重いほど、また菌が見つかったときほど、受胎率は低かった。菌が見つからなかった例では低下が見られなかった
- 著者らは、菌の種類より炎症の大きさが重要ではないかと考察している
- 初めての臨床型乳房炎の約30%は分娩後60日以内。授精が始まる時期とちょうど重なる
- 乳房炎は受胎率に関わる候補の一つ。どのくらい関わるかは、農場ごと、時期ごとに違う
乳質の表と繁殖の表。別々に見ていた2つの記録を同じ時間軸に並べると、それまで見えなかったつながりが見えてくることがあります。そこから先は、牛舎で、牛と、関わる人たちと一緒に考える番です。次回は、授精のタイミングを取り上げます。
牛群の数だけ、現場があります。
データは出発点。大切なのは、現場で牛の声を聴くことです。
CowComposer の個体カードでは、1頭ごとの分娩・授精・妊娠鑑定・乳房炎などのイベント記録と、乳検データ(乳量・体細胞数など)を時系列で表示します。授精の前後に乳房炎や体細胞数の上昇がなかったかを、獣医師や農場スタッフと同じ画面を見ながら振り返る材料にお使いいただけます。
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- Fuenzalida MJ, Fricke PM, Ruegg PL (2015). The association between occurrence and severity of subclinical and clinical mastitis on pregnancies per artificial insemination at first service of Holstein cows. J Dairy Sci 98:3791–3805. ウィスコンシン大学. https://doi.org/10.3168/jds.2014-8997

