分娩後すぐの乳房炎は、1件いくら? ― 見えにくいコストは“後から”来る
COLUMN 08 | 乳質と経営
乳房炎の損失というと、治療の薬代や、出荷できなかった乳が思い浮かびます。けれども米国の試算では、それらを含む直接の費用を合わせても、損失全体の3割ほどと見積もられています。分娩後30日以内の臨床型乳房炎1件の損失の内訳から、目に見えにくいコストを考えます。
目に見えるコスト、見えにくいコスト
乳房炎の牛が出ると、すぐに目に入るのは、治療の薬代、出荷できない乳、治療の手間です。一方で、その牛がその後の乳量を取り戻せなかったり、予定より早く牛群を離れたりすることもあります。こうした損失は、乳房炎が治ってから何週間、何か月もたって表れます。
この「後から来る損失」まで含めて、分娩後30日以内の臨床型乳房炎(乳の見た目や乳房に異常が出る乳房炎)1件の損失を見積もったのが、ジョージア大学の Rollin 氏らの研究です[1]。
- 研究者
- Rollin、Dhuyvetter、Overton(2015年)[1]※1
- 対象
- 米国の典型的な大規模酪農場を想定した、分娩後30日以内の臨床型乳房炎1件あたりの損失
- 方法
- 文献や農場のデータから組み立てた、経済モデルによる試算(実際の牛群の損失を集計したものではない)
- 主な前提
- 年間1,000頭が分娩するホルスタインの牛群、2012〜2014年の米国の乳価・牛の価格、出荷できない乳は子牛に飲ませる、獣医師の関与は最小限、など※2
1件あたりの損失の内訳
この試算では、分娩後30日以内の臨床型乳房炎1件あたりの損失は444ドルと見積もられています。その内訳が次の図です[1]。
分娩後30日以内の臨床型乳房炎1件の損失の内訳(Rollin ら 2015、筆者作図)
直接の費用(診断、治療薬、出荷できない乳、獣医師の診療、労働、死亡)は、お金が出ていく損失で、128ドルです。残りの316ドル(71%)は、お金は出ていかないものの後から失う、間接的な損失と試算されています。Rollin 氏らは、こうした損失は現金の支出を伴わないため、生産者には見えにくいと述べています[1]。
中でも大きいのは、早期淘汰と後継牛の費用(41%)と、その後の乳量の損失(28%)です。早期淘汰と後継牛の費用は、乳房炎のせいで予定より早く牛を入れ替える分の損失で、その牛の価値と廃用牛として売れた額との差から計算されています[1]。
治療薬や出荷できない乳、手間、診断、死亡など、直接の費用をすべて合わせても、この試算では損失の3割ほどとされています。
なぜ「分娩後すぐ」が大事なのか
Rollin 氏らは、泌乳の初めに乳房炎になった牛は、泌乳期の残りが長いため、悪い影響が大きくなりうると説明しています。泌乳初期の乳房炎には乾乳期にかかった感染も含まれ、乾乳期と分娩直後は、乳房の健康を良くも悪くもする管理の機会が最も大きい時期だとも述べています[1]。
同氏らは、分娩前後の数週間(移行期)に乳房の健康を管理して臨床型乳房炎を防ぐことで、こうした損失を減らせる余地が大きいとしています[1]。全米乳房炎協議会(NMC)も、乳房炎対策の柱の一つに乾乳期の管理を挙げています[2]。具体的な方法は牛群によって違い、獣医師と相談しながら決めていく事柄です。
この試算を読むときに
444ドルは米国の前提によるモデルの試算で、日本の農場にそのまま当てはまるものではありません。Rollin 氏らも、条件が大きく違う場合には注意が必要だと述べています[1]。
内訳も前提で変わります。著者らの試算でも、出荷できない乳を捨て、獣医師が初日に診療する前提にすると、直接の費用と後から来る損失はほぼ半々になります※4。それでも、目に見える費用の外に小さくない損失があるという見方は、自分の牛群を考える手がかりになるかもしれません。
自分の牛群では、どうだろう
分娩後すぐの乳房炎は、乳検や乳房炎の記録から、ある程度追いかけられます。目に見えない(潜在性の)乳房炎の目安として、Ruegg 教授は、分娩後最初の乳検で体細胞数が20万/mLを超える牛の割合を、初産牛で10%未満、2産以上で5%未満とする指標を示しています[3]※5。
次のような問いが手がかりになるかもしれません。
- 分娩後30日以内の臨床型乳房炎は記録に残っているか。何頭で、分娩後何日目が多いか
- 分娩後最初の乳検で体細胞数が高い牛の割合は、初産と経産でどのくらいか
- 乾乳前の乳検と、分娩後最初の乳検で、リニアスコアが上がっている牛はいるか
- 分娩後すぐに乳房炎になった牛は、その後の乳量や、牛群に残ったかどうかで、どんな経過をたどったか
記録でわかるのは、「どの牛が、いつ、どうなったか」までです。それがなぜなのかは、乾乳牛舎や分娩房の様子、牛の体調、作業の流れを、牛舎で実際に見なければわかりません。データを手に、獣医師や農場スタッフと現場で牛の声を聴きながら考えることが重要です。
まとめ
- 分娩後30日以内の臨床型乳房炎1件の損失は、米国の試算で444ドル(Rollin 氏ら)
- 直接の費用は3割ほどで、多くは後から来る損失と試算されている(内訳は前提で変わる)
- 最も大きいのは早期淘汰と後継牛の費用(41%)と、その後の乳量の損失(28%)
- 分娩後の乳房炎の記録と最初の乳検が、手がかりの一つになるかもしれない
乳房炎の損失の多くは、治療が終わったあとにやってくるのかもしれません。目に見える費用だけでなく、その牛のその後まで記録で追いかけ、乾乳期や分娩前後の牛舎で牛を観ながら考える。そこから、手がかりが見えてくることがあります。次回は、分娩間隔という数字の読み方を取り上げます。
牛群の数だけ、現場があります。
データは出発点。大切なのは、現場で牛の声を聴くことです。
CowComposer では、乳検データを取り込んで、「初回リニアスコア」(その産次の最初の乳検のリニアスコア。リニアスコアは体細胞数を点数にしたもの)や「乾乳前リニアスコア」、「初回乳房炎DIM」(分娩後何日目に最初の乳房炎が記録されたか)、「乳房炎イベント回数」などを項目として一覧に表示できます。前産次の乾乳前と分娩後最初のリニアスコアを並べて見ることもできます。分娩前後の乳房の健康を、獣医師や農場スタッフと同じ画面を見ながら振り返る材料にお使いいただけます。
30日間無料トライアルはこちら- ※1 論文には、著者のうち2名(Dhuyvetter 氏、Overton 氏)が Elanco Animal Health 社の社員で、同社がこのモデルの権利を持つと書かれています。
- ※2 前提の主な値は、乳価0.461ドル/kg、飼料0.279ドル/kg(乾物)、後継牛2,094ドル(いずれも2012〜2014年の米国の平均)です。分娩後30日以内の発生6%はモデルに入れた値で、目標の値ではありません。出荷できない乳は、代用乳の代わりになる分の価値で計算されています(著者は、この使い方を勧めるものではないと書いています)。獣医師の診療は、重症例の3割だけにかかるとしています。著者の感度分析では、1件の金額は後継牛と廃用牛の値段で最も大きく変わります。
- ※3 この試算では、その後の繁殖への影響は2%と小さく見積もられています。授精の前後の乳房炎と受胎率の関連は、第5回で紹介しました。
- ※4 出荷できない乳を捨てると1件536ドル、獣医師が初日に診療すると551ドル、その両方で644ドルと試算されています。644ドルのとき、後から来る損失(316ドル)は全体の約半分です。
- ※5 Ruegg 教授の資料では「リニアスコア4」と書かれ、米国ではこれを20万/mLと同じ意味で使っています。日本の乳検成績表の整数のリニアスコア「4」は14.2万〜28.2万/mLの幅があるため、そのまま比べることはできません(第3回)。
参考文献
- Rollin E, Dhuyvetter KC, Overton MW (2015). The cost of clinical mastitis in the first 30 days of lactation: An economic modeling tool. Prev Vet Med 122:257–264. https://doi.org/10.1016/j.prevetmed.2015.11.006
- National Mastitis Council (2025). Recommended Mastitis Control Program. https://www.nmconline.org/wp-content/uploads/2025/08/SEVEN-point-NMC-Recommended-Mastitis-Control-08.18.25.pdf
- Ruegg PL. Key Performance Indicator: Subclinical Mastitis.(Ruegg PL 2011 の資料をもとにした更新版)

